心身をととのえる呼吸法

こころのあるがままを観察する呼吸法

 心身の安定をはかるための方法として呼吸に注意を集中することは、瞑想(めいそう)法のひとつとして古くから実践されてきました。自分の呼吸に注意を向けて静かに座る。一見したところきわめて単純なこの練習を続けることで、ストレスで崩れた心身のバランスが修復され、ゆったりと落ち着いた状態を体験できるようになります。


練習に取りかかる前に

 どういうことであろうと、何かの技能を身につけるにはくり返し練習することが必要です。この呼吸法を身につけるためにも、根気強い練習が求められます。練習を始めたからといって、すぐに何かの効果があるわけではありません。成果をあせることなく、とにかくしばらくは続けてみることが大切です。

 また、練習を始めたからといって、不安なときにすぐさまこの呼吸法を使ってみても、あまり効果は期待できません。それどころか、まだ十分身についていない対処法を用いようとすると、かえって不安が増してしまうようなことすらあります。しばらくの間は、静かな落ち着ける場所で呼吸法の練習をするようにしてください。おだやかな呼吸の感覚が身についてくると、意図して呼吸に注意を向けなくても、それが不安への対処法として役立っていることに気づくことでしょう。

服 装

 楽な服装でおこなってください。腹部を圧迫するような着衣は、腹式呼吸への注意集中の妨げとなります。体を締め付けるようなもの(腕時計やベルト)は取り除くかゆるめるかし、眼鏡ははずしてください。

練習時間

 練習は、途中で邪魔の入らない、静かな場所で行ってください。1回の練習時間は少なくとも10分以上とし、それを1日に2回はやるようにしてください。練習を始めて最初の2、3週間くらいは、毎日の練習を心がけてください。そして、呼吸への集中が無理なく行えるようになると、1回の練習時間を延ばしていき、1日1回の練習とするのも良いでしょう。

 わずか10分間くらいの練習ですが、最初はたまらなく長く感じたり、難しく思えるかもしれません。でも、練習を続けるにしたがってずっとやりやすくなっていくものです。また、ときには、練習時間の都合がつかなかったり、うっかりさぼってしまうようなこともあるでしょう。それでもかまいません。気づいた日から再び練習を始めてください。効果があるから練習するとか、好きだから練習するというのではなく、とにかく毎日続けてみようという気持ちで取り組むことが大切です。

第1段階:腹式呼吸の練習

(腹式呼吸ができる方は、この段階をとばして、次の「座った姿勢で呼吸に注意を向ける」から始めていただいてかまいません。)
 まずは、腹式呼吸の練習から始めます。寝ころんだ姿勢で、片方の手のひらをおへその少し上にのせます。目は軽く閉じて、お腹に乗せた手のひらに注意を向け、呼吸するたびに腹部が動くのを感じてください。最初は、鼻から呼吸をするのでも、口から呼吸をするのでもかまいませんが、なれるに従って鼻から呼吸をするようにしてください。息を吸い込んだときに手が上がり、吐きだしたときに下がるようなら、うまく腹式呼吸ができています。

 腹式呼吸の感じがつかめたら、手をお腹の上からはずし、呼吸にともなってふくらんだりへこんだりする腹部の感覚に注意を向けるようにします。このとき、大きくお腹を上下させる必要はなく、息を吸い込むときは静かにふくらみ、吐きだすときは静かにしぼむといった感じが大切です。腹式呼吸というのは、できるだけ腹部をリラックスさせて行う呼吸法なのです。無理に力を入れてお腹を膨らませたりへこませたりしないよう、注意してください。

 普段、胸を使って呼吸をしている人は、こうした腹式呼吸をおこなうと、ぎこちなく感じたり、息苦しく感じたりするものです。そのため、ときには大きく息を吸い込んでみたり、胸で呼吸をしたりして、呼吸のペースが乱れてしまうようなこともあるでしょう。そうしたことがあってもかまいません。またそこから新たに腹式呼吸の練習に入れば良いだけなのです。覚えておいていただきたいのは、息苦しさを感じからといって、本当に酸素が不足しているわけではない、ということです。こうした感覚は腹式呼吸になれていないために起こっているだけなので、そのまま練習を続けていけば息苦しさは感じなくなります。

 この練習にはあまり時間をかける必要はありません。腹式呼吸の感じがほぼつかめ、手のひらを乗せていなくても腹部がふくらんだりへこんだりする感覚がわかるようなら、さっそく第2段階「座った姿勢で呼吸に注意を向ける」練習に移ってください。

第2段階:座った姿勢で呼吸に注意を向ける

 あお向けでの腹式呼吸の感覚がつかめたら、次に、座った姿勢での腹式呼吸の練習に移ります。
 姿勢は、椅子に座るのでも、床にあぐら座りするのでもかまいません。椅子に座るときは、背もたれから背中を離し、足の裏全面が床につくように椅子の高さを調節してください。手は、軽く開いて太ももの上に置きます。手のひらは下向けにおいても、上に向けてもかまいません。自分にしっくりくるやり方を見つけてください。

 床にあぐら座りをするときは、無理をして座禅のときのような座り方をする必要はありません。安定して楽に座れる姿勢なら、どういうかたちでもかまいませんが、片方の足を股間に引き寄せ、もう片方の足をその前に持ってくるという姿勢をお勧めします。お尻の下に座布団を敷くなどすると、楽に座れるという人もいます。手の位置は、腿の上にのせるのでも、下腹部前面にもってくるのでもかまいません。

 どちらの方法で座るにしても、肩の力を抜いて、背筋をまっすぐ伸ばすようにしてください。かといって、背中が反り返るようではいけません。練習を続けていると、余分な力は抜きながら、姿勢をしっかり保っている感覚がつかめてきます。また、練習中に姿勢がくずれてしまっているのに気づくこともよくありますが、そのときはゆっくりと元の正しい姿勢に戻します。

 この第2段階では、なめらかな腹式呼吸が続けられるようになることを目指します。故意に深い呼吸をしようとしたり、呼吸のペースを落とそうとしないように気をつけてください。なめらかで、リズミカルな呼吸ができるようになると、自然と深くてゆっくりとした呼吸になっていきます。

 呼吸というのは、意識しなくても常に行っているのですが、そこに注意を向けて意図的にコントロールすることもできます。そのため、呼吸に注意を向けつつ、なおかつ自然な呼吸をするというのは、どこかぎこちなさを感じてしまいやすく、息苦しくなったり呼吸が不規則に乱れたりするようなことがよく起こってきます。そして、それを無理に調整しようと力んでしまうと、かえってぎこちなさが増してしまうということになります。

 ここで大切なのは、あなたが呼吸をするのでなく、体が自然と呼吸するのに任せるような気持ちで、自分の呼吸を見守る、ということです。そして、息を吐くときは、空気を吐き出すというのでなく、鼻から自然に流れ出ていくようなイメージでおこなってみてください。

 一息、一息ごとに頭の中で数をかぞえながら、呼吸に注意を向けていくという方法を試してみるのもいいでしょう。息を吸うときに頭の中で「ひとつ」、「ふたつ」、とかぞえていき、「とお」まできたら、また「ひとつ」に戻って数え続けます。

 自然な呼吸をしようと思っても、しばしば呼吸は乱れます。でも、それでかまわないのです。呼吸のリズムの乱れに気づいたら、無理に戻そうとするのではなく、リズミカルな呼吸へと自然に戻っていくのをゆっくりと待つようにしてください。

 少し余談になりますが、呼吸が乱れているのに気づいても、すぐさまそれをどうにかしようとするのでなく、自然に安定してくるのを待つという練習は、心が不安やうつで揺らいだときに、すぐにどうにかしようともがいてしまうのでなく、再び安定感が戻ってくるまでそのまま少し待てるようになるということにつながります。濁った水は、静かにそのままにしておけば、また澄んでくるのです。

 なめらかな呼吸ができるようになったら、ときおり注意を呼吸から体全体の感覚に移して、どこか余分な力が入っているところはないかチェックしてみてください。たとえば肩や腰に力が入っていたり、奥歯をかみしめているのに気づいたら、息を吐くときにその部位をゆるめるような感じで不必要な力を抜いていきます。顔の筋肉には特に注意を向け、ゆっくりとゆるめるようにしてください。こうしたチェックが終わったら、再び注意を呼吸に戻していきます。

繰りかえし呼吸に注意を向けなおしていく

 呼吸に集中するということは、文字通り「呼吸に注意を集中する」こと以外の何ものでもありません。深い呼吸をしようと努めたり、呼吸のパターンやリズムを変えたりする必要はありません。あなたが何も考えなくても、これまで呼吸はとどこおりなく行われてきたはずです。呼吸に集中するということは、あなたが今おこなっている呼吸を意識し、呼吸にともなって生じる感覚を感じ取る、ということなのです。

 これは簡単なことのように思えるかもしれませんが、実際やってみると、とても難しいことがわかります。呼吸に注意を向けつづけようとしても、何か気になることが浮かんできたり、今日これからの予定を考え始めたりと、心はすぐに他のことに気をとられてしまいます。ちゃんと正しく練習できているのだろうかと心配になったり、こんなことをして何の役に立つのだろうといった疑いに気をとられたりします。また、脚のしびれや腰の痛みなど、体の感覚に注意が向いたりすることもあります。おそらくあなたは、完璧に呼吸に注意を向け続けることができるようには決してならないでしょう。

 でも、それは自然なことなのです。それが心の動きなのです。あれこれの思いが浮かんできて、注意が呼吸からそれてしまうからといって、腹を立てたり、投げ出してしまったりしないでください。次から次へと浮かんでくる思いを無理に心から追い払おうとするのでなく、それはそのままにして、再び呼吸へと、静かに注意を戻していくようにしてください。そうすれば、自然とその思いは消えていきます。次々と浮かんでは消えていく。思考とはそういう性質のものなのです。

 たとえば、風が吹くと海面が波立つように、周りの環境がおだやかでないと、私たちの心もそれに反応して揺れ動いてしまいます。しかし、海面は激しく波立っていても、少し水中に潜ればおだやかなうねりに変わるように、気持ちが激しく動揺するようなことがあっても、腹部での呼吸に注意をもってくれば、表面での心の動きに左右されず、より穏やかな状態を感じ取ることができるようになります。

第3段階:生活のなかでの呼吸法の練習

 「座った姿勢で呼吸に注意を向ける」ことがある程度できるようになったら、静かに座っての練習を日常生活にとけ込ませていくために、ちょっとした時間に何度も自分の呼吸に注意を向けてみるという日をつくってください。注意を向ける時間は、ほんの1、2分間でかまいませんが、一日のうち何度もそのときの自分の呼吸に注意を向け、それが整うのを少し待ってみるようにします。仕事の合間に、外出先で、信号待ちをしてるあいだ、だれかの話を聞いているとき、テレビを見ながら、シャワーを浴びているとき、おだやかな呼吸法の練習をするのです。

 静かな場所での練習を続けると共に、こうした短時間の練習をできるだけ数多く取り入れるようにしてください。こうしたときは、目を閉じる必要はありませんが、呼吸への注意集中を行うときは、周りを見回したりせず、視線を一定に保つようにしてください。そして、呼吸を観察してください。つまり、その瞬間、瞬間に実際に生じている感覚に注意を向けるのです。息を吸い込むあいだも吐きだすあいだも、その一瞬一瞬にできるだけ注意を向けてください。そして、心が呼吸以外のところへとさ迷いはじめたら、また呼吸に注意を戻すようにしてください。

 ここまでの練習によって20分間くらいは楽に座っておれるようになると、通常は十分なリラクゼーションを得ることができるようになります。そして、なにかのことで心が揺れても、自分の呼吸に注意を集中することで安定感を取り戻しやすくなります。

第4段階:おだやかな呼吸の練習

 通常、私たちは1分間に10回から14回くらい呼吸をしていますが、おだやかな呼吸の練習では、1分間に8回から10回くらいの、ゆっくりとした呼吸の感覚を身につけることを目指します。1分間に10回の呼吸ですから、6秒くらいかけて一呼吸することになります。つまり、3秒くらいかけてゆっくりと息を吸い、そこで少し休止してまた3秒くらいかけて鼻から息を吐いていくというペースになります。

 くれぐれも、一気にそういうペースに持って行こうとしないでください。自分の呼吸をむりやりそれに合わせようとするのでなく、落ち着いてリズミカルな呼吸に集中していると、自然とゆっくりとした呼吸になっているというのが望ましい移行の方法なのです。

 呼吸のペースが気になるなら、最初は、時計を見ながら練習するのも良いでしょうが、それは早いうちにやめ、時計よりも呼吸の感覚のほうに注意を向けるようにします。1分間に何回呼吸したかということより、おだやかに、ゆったりと呼吸しているときの体の感覚を感じ取れるようになることが大切です。そして、呼吸の速さを落としていくときに、腹式呼吸を保つよう気をつけてください。

 この段階では、前の段階で紹介した呼吸とともに数を数えるといった方法は練習の開始時や、集中が難しいときなどに補助的に用いるだけにして、もっぱら呼吸に注意を向けるようにします。しかし、そうしようとしても、心はくり返し「今、ここ」をさまよい出て、たとえば過ぎ去ったことを思い返したり、まだ起きてもいない先のことを考えたりし始めます。それに気づいたなら、「今、ここ」から心が離れていたことに気づけたことを喜び、静かに呼吸に注意を戻すようにしてください。

 おだやかな呼吸のリズムがつかめるようになったら、練習時間を徐々に延ばしていき、ときには1時間ほど続けてみることを目指してください。このようにして「呼吸に注意を向ける瞑想(めいそう)」を続けていくと、やがて、少しの間呼吸に注意を集中するだけで自分自身の内部に平穏な居場所を確保できるようになります。