うつ病のカウンセリング

うつを理解しよう

 何かのストレスを感じるとき、私たちは「頑張ってストレスに打ち勝とう」とします。でも、いくら頑張ってみても、すぐにはどうにもならないこともあります。長期にわたってストレスにさらされ、それが過重な負担となってくると、もうこれ以上の無理を止めてしまうような動きが起こってきます。簡単に言えば、これが「うつ」の状態だと言っていいでしょう。つまり、「うつ」とは、一定のところで頑張るのをやめ、過重な負担から逃れようとする、ある意味自然な反応なのです。

 こうした抑うつ状態がすぐさま病気だというのではありませんが、一日のほとんどの時間を抑うつ感に支配されているような状態が毎日続くようになると、うつ病と呼ばれることになります。うつ病は検査などにより明確に診断できる疾患ではないため、有病率の調査結果にはずいぶんばらつきがあります。これまでの調査では、おおよそ3%から7%くらいの人が生涯のどこかでうつ病を経験していると考えられています。

 うつ病になると、気分が落ち込むだけでなく、悲観的な考え方が強くなり、睡眠障害や食欲の低下がみられ、何をやるのもおっくうで先のばしにしてしまうといったことが起こってきます。そして、こうした「うつ思考」や「うつ行動」が、さらに「うつ気分」を強めてしまうという悪循環が生じてしまいます。

 うつ病のカウンセリング(認知行動療法)では、こうした悪循環から抜け出すことを目指します。具体的な進め方はそれぞれの方が抱えておられる問題によって多少異なってきますが、基本的には、①無理のないところから日常の活動量を増やしていくことで「うつ行動」の改善をめざす、②あれこれの場面で頭に浮かんでくる悲観的な考えを修正していくことで「うつ思考」から抜け出す、という2つのことから成り立っています。

 うつ病は時間が経てば軽快する病気として知られています。ですから、今は「この苦しい状態から抜け出すことなどできそうもない」と思えても、必ず日が差してくるときが来るということを忘れないでください。また、うつ病の困った問題のひとつとして再発の可能性が高いことがあげられていますが、認知行動療を通して自分の考え方や行動パターンを修正していく方法を身につけると、再発率が抑えられることも明らかになっています。

1.うつ病の症状

機器写真
 「うつ」というとまず、気分がしずんで意欲がわかないという状態を思い浮かべますが、うつ病になるとそうした気分や意欲の低下だけでなく、考え方、行動、身体の各領域にも変化がみられます。

気分の変化 抑うつ気分:気分が落ち込み、なにもかもむなしく思える
悲哀感:これといった理由もないのにつらい、悲しい
考え方の変化 思考力や集中力の減退:頭の回転が鈍ってきた、集中力に欠ける、仕事の能率が下がった
決断困難:なにも決めることができない、どうしたらいいのか分からない
悲観的な考え方と自責感:将来を悲観的に考える、ささいなことで自分を責める
自殺念慮:死んでしまった方が楽だという思いにとらわれる
自殺企図:自殺の方法を考える、実際に自殺しようとする
行動の変化 不安焦燥感:気持ちが落ち着かずじっと座っていられない、イライラして怒りっぽくなる
活動性の低下:動きが遅い、口数が少なくなる、笑えなくなる
意欲の低下:なにをしても面白くない、何かをしようという気持ちすら起きてこない
身体の変化 睡眠障害:寝付きにくい、眠りが浅い、朝早く目覚めてしまう、日中も寝てばかりいる
食欲の減退:なにを食べてもおいしいと思えない、体重の著しい減少や増加
性欲の減退:性的な欲求が起きない
身体症状(頭痛、頭重、肩こり、動悸、胃の不快感、頻尿など)へのとらわれ

 こうした症状がつづくと人間関係や仕事にも支障が出るようになり、それが負担となってうつの症状がさらに悪化することになります。


2.うつ病の原因

 ではこうした「うつ」はなぜ起こってくるのでしょうか。はっきりとした原因はまだ分かっていませんが、現在のところ下にあげるようないくつかの要因が重なり合って起こってくると考えられています。

(1)生物学的な要因
 「うつ」になると、脳内の神経伝達物質(モノアミン)が減少することが知られています。しかし、なぜこういう状態になるのかということは、まだ解明されていません。うつ病の治療に用いられる薬には、こうした神経伝達物質のバランスを回復する作用があります。

(2)心理的な要因
 ①外からのストレス
 心理的な要因としてまずあげられるのが、外部からのストレスです。過重な仕事や人間関係のもつれといった持続的なストレスの他に、死別、病気、職場での移動、転居といった急激な環境の変化もうつ病の発症因子となることが知られています。また、ストレスとなるのは不快なことだけでなく、たとえば結婚や昇進といった一般的には好ましい変化であっても、本人には過重な負担となることがあります。

 ②性格要因
 次にあげられるのが性格的な要因です。同じようなストレスを受けても「うつ」になる人とならない人がいることからも、うつ病の発症には性格が関係していることが推測されます。「うつ」になりやすい性格傾向としては、几帳面で責任感や正義感が強く、きまじめなのだが、その一方で、融通がきかず、うまく手を抜くことができないため、一人で抱え込んでしまいやすいという傾向がみられます。

 このようにうつ病の原因はよくわかっていないのですが、幸いなことに治療法としては、抗うつ薬を飲むことで脳内の神経伝達物質のバランスを整えたり、カウンセリングによって考え方や行動パターンを変えていくのが有効であるということが明らかになっています。


3.うつ状態を維持させているもの ・ うつの悪循環

 うつ病の人には、「うつ」におちいる前から、①自分自身を否定的に見る、②自分の身の回りで起こることを否定的に解釈する、③将来を悲観的に考える、という思考パターンが共通してみられます。そしていったん「うつ」に陥ると、こうした「うつ思考」はさらに強まり、なにもかもむなしく思え、気分が落ち込んでしまい(うつ気分)、活動量が低下し、疲労感が強くて寝てばかりいる(うつ行動)というようなことが起こります。そして、こうした情けない自分を責めることで「うつ思考」がさらに強まっていくという悪循環が形成され、「うつ」が「うつ」を悪化させることになってしまいます。


 こうした悪循環のなかで、「うつ」の人たちは、この重苦しい気分がなんとか晴れてくれるのを願うことになるのですが、残念ながら、私たちの気分は自分の意思で簡単にどうこうなるものではありません。そうしたことを願うよりも、気分は変わらなくても行動を少し変えてみたり、自分の偏った考え方を見直してみることの方がずっと取りかかりやすいのです。つまり、行動や思考を変えていくことで「うつの悪循環」を抜け出し、結果として、気分が改善されるという流れを目指す方が現実的な対処法だといえます。


4.うつを抜け出す


 ここでは、「うつ」から抜け出すための手順として、①ストレスを軽減する、②薬を飲んでみる、③うつ行動を変えていく、④うつ思考を変えていくという4つのことを取り上げます。

(1)ストレスを軽減する
 これまで難なくやれていたことができなくなってしまった自分が情けなく思えたり、周りに迷惑をかけることを心苦しく感じるかもしれませんが、まずは、いま自分がつらい状態であることをご家族や職場の人に伝えることを考えてみてください。そして、周囲の理解と助力を得ながら、負担に感じることを軽減するようにしてください。

 「本来なら、こうすべきだ」という考えはひとまず横に置いて、休息を取ることを優先しましょう。少し休息を取ったからといって、取り返しのつかない失敗を犯すことにはなりません。また、周りの人たちは、あなたが想像する以上に理解を示してくれるものです。せっかく「うつ」になったのだから、この機会に自分の生き方を見直して、ゆとりをもった生活にに変えてみようというくらいの態度で臨むのが、ちょうどいいのかもしれません。


(2)薬を飲んでみる
 これまで抗うつ薬を飲んだことがないという方は、一度、薬を飲んでみることを考えてみてください。服薬とカウンセリングを平行して行うことには、なんの支障もありません。むしろ、抗うつ薬を飲むことで「うつ」の症状が緩和されると、カウンセリングも進めやすくなります。

 服薬にあたっては、あなたの症状にあった薬を見つけるためにも、専門の医師(精神科や心療内科の医師)に診てもらいましょう。ただ、抗うつ薬は飲んですぐ効くというものではなく、安定した薬効を得るには1ヶ月くらいはかかります。また、薬を飲むと多少とも副作用(頭痛、便秘、吐き気など)が出てきますが、多くはしばらくすると軽くなってきます。こうした副作用への対応については、遠慮なく担当医と話し合ってください。


(3)うつ行動を変えていく
 毎日の生活では、睡眠、食事、運動といったことに留意して、いったんくずれた生活リズムをふたたび整えていくようにしましょう。動くのがおっくうだからといって寝てばかりいては、かえって「うつ気分」が強まってしまいます。ちょっと散歩に出てみる、少し家事をしてみる、風呂に入るといった軽い運動は良い気分転換になります。

 こうした活動が大事だとわかっていても、ついおっくうになって、さぼってしまうようなこともあるでしょう。それでもかまいません。きちんとやり遂げる必要はありません。少しさぼってしまっても、できることからまた取りかかればいいのです。大切なのは、気分に流されることなく、やれる範囲のことをやってみるということです。

 また。活動量を増やしていく際には、楽しめそうな活動と、楽しくはないのだが、ちょっとした達成感が得られるような活動の両方を増やしていくことを考えてください。
 楽しい活動を増やすといっても、「うつ」のときは、なにをしても楽しめないものです。ですから、楽しいかどうかにあまりこだわらず、たとえば、「うつ」になる前には楽しんでやっていたような活動をまた少し始めてみるといったことが役立つかもしれません。
 もう一つの達成感が得られる活動というのは、なにも大げさなことを考える必要はなく、ちょっと部屋の片付けをしてみるとか、新聞に目を通してみる、友人に電話をかけてみるといったことでかまいません。

 こういうふうに少しずつ活動量を増やしていくことが、「うつ行動」を改善することになり、うつの悪循環から抜け出すことへとつながっていきます。

 また、「うつ」になるとしばしば睡眠障害を伴いますが、眠れないからといってお酒を飲むのはあまりおすすめできません。そのときは寝付けても、夜中に酔いが覚めて目覚めてしまうので、かえって睡眠を乱してしまうことになります。睡眠に問題があるときは、このホームページの『うまく眠れないときのために-よりよい眠りのためのヒント』を参考にして、規則正しい睡眠をとるよう心がけてください。


(4)うつ思考を変えていく
 「うつ」から抜け出すためにもっとも大切なのが、自分のうつ思考、つまり、自己批判、否定的思考、絶望という考え方に気づき、それを修正していくことです。「うつ」のカウンセリングでは、この作業が中心になります。

 ■自己批判:「自分はダメだ」という考え方
 「うつ」のために毎日の生活や仕事に支障が出てくると、こんなこともできないなんて情けない、私がまともな人間だったなら、こんなことで悩まないだろう、みんなに迷惑ばかりかけて申し訳ない、私は親としても人間としても失格だといったように、自分を責める気持ちが強くなります。

 こうした考え方の根っこにあるのは、「自分は無価値だ、役立たずだ」という思いこみです。「うつ」におちいる人には、しばしばこうした自己批判的な考えを抱きやすいところがみられます。

 ■否定的思考:「悪いことばかりだ」という考え方
 「うつ」になると、あれこれの出来事を悪く解釈してしまったり、周りの人たちが自分に批判的に接しているように思えることが多くなります。
 たとえば、ちょっとした仕事上のミスを、取り返しのつかない失敗をしてしまったと考えたり、家族から「ゆっくりしてればいい」と言ってもらっても、「本当はあきれてしまってるのだろう」と考えたりします。周りの人が示してくれた好意より、無理解な言葉ばかりに目が向いて、イライラしてしまうのです。

 こうした受け止め方が起こってくるのは、うれしかったことや普通のことよりも悪いことの方に注意が向き、そのことばかりが記憶に残ってしまうためです。

 ■絶望:「将来は真っ暗だ」という考え方
 過去のことをグズグズと悔やんだり、今の自分を情けなく思ったりすることに加えて、「うつ」になると、この先事態はますます悪くなるだろうという悲観的な思いこみが強くなってきます。そして、これからもつらいことばかり起こるだろう、だれも自分を好きになってくれないだろう、何をやったところで、うまくいかないだろうといった将来に対する悲観的な考えから、強い絶望感にとらわれてしまうことになります。

 一般に、「うつ」の回復過程は右上がりに良くなっていくというものではなく、その途中でしばしばちょっとした「悪化」が見られます。こうした一時的な後退があると、全体的には回復してきているにもかかわらず、「やはり、自分のうつは治らないのだ」、「この先も、決してよくなることはない」といった根拠のない決めつけをしてしまったりすることもあります。そして、極端な場合には、死んでしまえばこの苦しみから逃れられる、と自殺を考えるようなことになってしまうことすらあります。

5.うつ病のカウンセリング・認知行動療法

 これまで説明してきたように、うつ病の根底には、思考、行動、気分の間で起こる「うつの悪循環」が認められます。これらの要因のどれかを変えることができれば「うつの悪循環」から抜け出すことができるのですが、気分を変えるというのは思いのほか難しいことなのです。そこで「認知行動療法」では、「うつ思考」や「うつ行動」を修正していくことで「うつの悪循環」から抜け出すことを目指します。
 このうち、「うつ行動を変える」ことについてはすでに触れてありますので、ここでは「うつ思考を変える」ことについてもう少し説明しておきます。

 「認知」という言葉はあまり耳なじみのものではありませんが、要するに、あなたの考え方や物事の受け止め方を意味しています。そして、私たちの感情や行動を左右するのは、そこで起こっていること自体ではなく、それをどのように受け止めたかということ、つまりそこで起こっていることに対する「認知」なのだという点に注目します。
 たとえば、朝、職場に出かけるとき、「今日もまたいやなことばかり起きるのだろう。出勤したところでどんな意味があるのだ」と考えてしまうのでは、当然、気分も落ち込んでしまいます。
 また、人と接する場面で不安になったり劣等感を感じたりするのは、「自分は、まともに仕事もできない」とか、「私は気の利いた話なんかできない。私の話なんて、だれも面白いと思わないにちがいない」と自分に向かって言っているからかもしれません。

 認知行動療法では、まずは、あれこれの状況下で自動的に浮かんでくるこうした認知(これを「自動思考」と呼びます)をしっかりととらえる練習をし、次いで、カウンセラーの手助けを得ながら、それを現実に沿った合理的なものへと修正する練習を重ねることで、習慣化した「うつ思考」を自分で手直しできるようになっていくことを目指します。

 うつ病の治療法としては、薬物療法とともに、認知行動療法が有効であることが科学的にも証明されています。両方の効果には大きな差は認められませんが、薬物療法と比べるとき、認知行動療法ではうつ病の再発率が低いということが明らかにされています。

 和歌山カウンセリングセンターでは、うつ病のカウンセリングとして認知行動療法を行っています。認知行動療法についての説明は、「認知療法とは」のページをご参照ください。