不安症のカウンセリング

 「不安症(または不安障害)」というのは、不安を主症状とする疾患群の名称で、そこにはパニック症、広場恐怖症、限局性恐怖症、社交不安症、全般不安症、そして主に子どもにみられる分離不安症、選択性緘黙などが含まれます。他にも、強迫症、心的外傷後ストレス障害、適応障害といった疾患では、不安が中心的な役割を果たしているため、ここでまとめて説明します。

 当センターでは、不安症のカウンセリングとして認知行動療法を行っています。障害のタイプによってカウンセリングの進め方の細部は異なってきますが、基本的には、①不安の性質や症状が維持されるしくみを理解する、②リラクゼーションの練習、③不安を生み出す「認知」を変えていく、④不安に支配された行動や不安のために回避していることに段階的に直面していく、という4つのステップで構成されています。


不安症とは:正常な不安と病的な不安

 仕事のこと、将来のこと、自分や家族の健康、そしてあれこれの人間関係と、毎日の生活のなかでわき上がってくる心配ごとを数えあげればきりがありません。こうした不安とまったく縁がない人などいないでしょう。ある意味、私たちは不安に取り囲まれて生きていると言っても過言ではありません。

 ところで、こうした不安は、今まさに起きていることというより、この先起きるかもしれないことに関するものだと言えます。つまり不安は、将来起きるかもしれない危機を先取りした反応なのです。ですから不安には、この先起きるかもしれない危機に対してあらかじめ備えておくよう促すという側面があり、そこから適切な対応策を講じるといった建設的な動きも生まれてくるのです。

 このように、不安自体は問題視されるべきものではないのですが、それが頻繁に起こったり、極端に強くなってくると、何か破滅的なことが起こりそうでじっとしていられない、気が張って落ち着かないといった心理的な緊迫感に加えて、心臓がドキドキする、冷や汗が出る、息苦しい、手足が震える、夜眠れないなどの身体症状が顕著になります。その結果、不安の適応的な機能が損なわれてしまったのが「病的な不安」です。

 病的な不安を経験すると、そのことばかりが気になり、また不安が起こるのではないかという不安、つまり予期不安に付きまとわれるようになります。そして、不安を回避することが何よりも優先され、毎日の生活や仕事に支障をきたすようになってしまいます。不安感の頻度や強さに加えて、こうした生活機能障害の有無が「不安症」の診断基準となります。


原因と有病率

 不安症の原因はまだよく分かっていません。現在のところ、遺伝的な要因(持って生まれた特質)に、養育環境や生活上のストレスなどの環境要因が加わって起こってくるものと考えられています。また、国によって有病率や障害のタイプの分布が大きく異なっていることから、社会的、文化的な背景も影響していることがうかがわれます。

 不安症の有病率の調査には、調査方法(調査対象の選び方や診断の方法)によってかなりばらつきがありますが、日本での調査では生涯有病率(一生の間のどこかの時点で不安症を経験した人の率)は9~10%程度と推定されています。しかし、不安症ではあっても病院などを受診しない方や内科等の一般科を受診している方も多く、潜在的な患者数はもっと多いと考えられています。また、男女比では女性の方が高く、男性の3倍近い値になっています。年齢分布は、18歳から60歳までのすべての年齢層であまり変わらず、60歳以上になると減少する傾向がみられます。





不安が中心的な役割を果たしている疾患の種類

 不安症は、以下のようなタイプに区分けされます。

■パニック症
 パニック症は、繰り返される予期しない「パニック発作」が中心になる疾患です。パニック発作とは、動悸、胸の痛みや息苦しさ、めまい、吐き気など多彩な身体症状をともなう激しい不安に襲われるもので、そのため死んでしまうのではないか、気がおかしくなってしまうのではないかと考え、しばしば救急車で病院へかけつけたりします。しかし病院に着くころにはたいてい症状はほとんどおさまっていて、検査などでも特に異常はみられず、そのまま帰宅することになるのですが、数日を置かずまた発作を繰り返すことになります。

 こうしたパニック発作を経験すると、また発作が起こるのではないかという「予期不安」がたかまり、発作がないときでもそれに関連した不安が続くようになります。その結果、発作が起きそうな状況を強く回避するようになり、日常生活や仕事に支障をきたすことになります。


■広場恐怖症
 広場恐怖症は、パニック発作のような耐えられそうにない症状が起きるのを心配して、逃げだしたり、助けを求めたりすることができないような場所や状況を恐れ、避けようとする症状をいいます。そのような場所や状況は広場とは限りません。例えば、乗り物に乗ることや高速道路での運転、人混みや行列に並ぶこと、美容院や歯医者に行くこと、映画館や会議室など、広場というより行動の自由が束縛されて、発作が起きたときすぐに逃げられない場所や状況が恐怖の対象となります。

 また、自分一人では避けてしまうような行動や状況であっても、誰か信頼できる人が同伴していれば可能であったりしますが、その結果、家族に依存したり、行動半径が縮小した生活を余儀なくされる場合が多く、生活の質が大幅に低下することになってしまいます。


■限局性恐怖症
 限局性恐怖症は、特定の対象や状況に対して、強くて持続的な恐怖感をいだく状態です。恐怖の対象となるものは、ヘビやクモといった動物であったり、ナイフやハサミといった刃物、針のような先のとがったもの、高い場所とか、飛行機やエレベーターのような閉鎖された空間、というようにさまざまです。
 こうした恐怖の対象や状況にさらされると、不安反応が誘発され、しばしば状況誘発性のパニック発作が起こります。

 限局性恐怖症の人たちは、こうした対象や場所をそれほどまでに恐れる必要がないことを頭では分かっています。つまり、自分の症状の不合理性を自覚しているのですが、それでもどうしようもない恐怖感が起こり、犠牲を払ってでもそれを回避したり、強い苦痛を伴いながら耐えることになります。


■ 社交不安症
 社交不安障害は、昔の呼び名である対人恐怖症というほうがわかりやすいかもしれません。社交不安障害の人たちは、他人の注目を浴びるかもしれないこと、人前で恥をかいたり、恥ずかしい思いをすることを極端に恐れ、そのような可能性のある場面に出ていくのを避けるようになります。

 人と話していると話題が見つからず困ってしまう、視線が合うと目のやり場に困ってしまう、人前に立つと顔が赤くなったり、口ごもってしまうなど、この人たちが訴えることはだれしも多少は経験するようなことがらです。ただ、社交不安障害の人たちは、自分がそんなふうに緊張してしまうことを極端に恥じて、周囲の人の目から隠そうとします。そして、それがうまくいかないことでさらに自己評価を下げ、そうした場面をますます恐れるようになります。

 こうした対人的な緊張感は、普通、家族に対しては生じてきません。また、まったく知らない人の中だと案外平気で振る舞えるという方もいます。つまり、社交不安障害の人たちが一番苦手とするのは、顔見知りではあるけど、親しくはないといった「半知り」の関係なのです。


■ 全般不安症
 あれこれのことが次から次と心配になって、そわそわして落ち着かない。ちょっと動くと疲れてしまい、物事に集中できない。いつもイライラしていて、肩こりや頭痛がひどく、睡眠がうまく取れない。こういうふうに、不安の対象が定まらず、さまざまな心配事が次々と浮かんでくるのが全般不安症です。
 全般不安症の方には、もともとちょっとしたことで驚いてしまい、疲れやすい傾向が見られます。そのため、たいていはいつ病気が始まったのかはっきりせず、そうした神経過敏で疲れやすい状態が一進一退をくり返しながら長期間続くのが特徴です。健康面の不安から内科を受診するということもよく見られます。何かの心配事やストレスが関係している場合が多いようですが、それが原因というわけではなく、ひとつのきっかけにすぎません。


以下の疾患は、『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5 米国精神医学会)』の最新版では不安症とは別の枠に分類されていますが、不安が中心的な役割を果たしている疾患ですのでここでまとめて説明します。

■ 強迫症
 不安をもたらすような考えが意志に反して頭の中に浮かんでくる「強迫観念」と、そうした強迫観念に伴う不安を抑えるために特定の儀式的な行動を繰り返してしまう「強迫行為」を特徴とする疾患です。
 たとえば、家を出るとき、鍵はしめただろうか、コンロの火は消しただろうかといったことが気になり、何度も引き返して確認しないと気がすまない。ドアの取っ手に触るとばい菌で手が汚れたのではないかと気になり、何分も手を洗わないと気がすまない。あれこれの物の位置がずれているのが気になり、何度も整え直すといったふうです。いずれにしろ、強迫症の方は、頭の中に浮かんできた疑念をやり過ごすことが難しく、そこで起こってくる不安を解消しようとして、特定の行為を繰り返すことになります。

 たいてい、強迫症の方はそうした疑念やそのために行っていることが過剰で不合理なものであることに気づいています。それでも、強い不安感のために自分ではコントロールできず、強迫行為に何時間も費やしてしまうことになります。


■ ストレス障害
 ストレス障害は、生死にかかわるような事件や事故に巻き込まれるといった、強烈なストレスにさらされたために起こってくる反応です。犯罪に巻き込まれたり、災害に遭った後などによく見られます。

 そうしたできごとの直後に起こる「急性ストレス障害」では、強い不安感や過敏な状態、外傷を受けた場面を思い出させるような刺激の回避、外傷的なできごとの再体験(フラッシュバック)のほか、現実感がうすれたり、記憶が一部消えていたりすること(解離性症状)もあります。

 そして、こうした状態が一月以上にわたって続くようになると、「外傷後ストレス障害 (PTSD)」と呼ばれます。


■適応障害
 ストレス障害の場合ほど強烈なものではないのですが、はっきりと確認できるストレス因(例えば、部署の異動や転職、対人関係のもつれなど)に反応して、気分が落ち込む、イライラするといった情動面での症状や、ストレスとなる活動や状況を回避しようとする行動面の症状が3ヶ月以内に現れるものです。






不安症のカウンセリング・認知行動療法

 不安症の認知行動療法は、症状のタイプによって重点の置き所は違ってきますが、おおむね以下のようなステップに沿って進められます。

第1ステップ:不安の性質や症状が維持されるしくみを理解する
 まずは、あなたの不安をしっかりと観察してみるという作業から始めます。どのような状況で不安が起こってくるのか(=引き金になる刺激)、どのような症状がどれくらいの強さで起こるのか(=情動)、そのときどのような考えが頭に浮かんでくるのか(=認知)、それにたいしてあなたはどのような対応をしているのか(=行動)、そしてその後不安はどのようになっていくのか(=結果)といったことを、記録をつけながら客観的にとらえていきます。
 「不安を観察する」と聞くと怖くなってしまうかもしれませんが、カウンセラーに支えてもらいつつ、用意された記録用紙をもちいて順を追って観察していくことで、落ち着いて進めていくことができます。

 そうした観察から得られた情報をもとにして、現在、どのように症状が維持されることになっているのかをカウンセラーと共に検討し、それに合ったカウンセリングの進め方を説明させていただきます。


第2ステップ:リラクゼーションの練習
 リラクゼーションの方法には、おだやかな腹式呼吸によるもの、体の筋肉の緊張を解きほぐしていくもの、自己暗示によるものや、ほかにもイメージ、音楽、ハーブを用いるものなどもありますが、当センターでは、呼吸法、段階的筋弛緩法、自律訓練法を用いています。

 不安発作のとき、多くの人は、息苦しくて「呼吸が足りない」と感じるようです。しかし、実際は、呼吸のしすぎの状態になっており、この過呼吸こそが不安発作のときに起こるさまざまな身体感覚を引き起こす元になっています。
 そのため、おだやかに腹式呼吸をしているときの感覚を身につけると、不安にともなう身体症状をかなり軽減することができます。具体的な練習方法は、『心身をととのえる呼吸法』を参照してください。

 また、不安におびえているときには、意識せずに体に力が入り、固まっています。こうした筋肉の緊張をゆるめていく筋リラクゼーション法によって、体の緊張だけでなく心理的な緊張をほぐすことや、ストレスのレベルを下げることが可能になります。

 筋肉の緊張だけでなく、他の身体感覚(例えば、重い感じや暖かい感じ、涼しい感じなど)を自己暗示を用いて高めていくことで心身のリラックスを図ろうとするのが自律訓練法です。具体的な方法は、『自律訓練法』を参照して下さい。

 ただご注意いただきたいのは、こうしたリラクゼーション法は不安に即効するものではない、ということです。少し練習をしたからといって、強い不安が起こったときにやってみても、治まるわけではありません。まずは落ち着いた雰囲気のなかで毎日練習し、おだやかな呼吸の感覚や、筋肉の緊張が緩んだときの感覚、腕や脚の重感や温感をくり返し体験することが大切です。こうした練習により、いわば不安に立ち向かう基礎体力をつけていくことで、はじめて不安のコントロールに役立つようになります。


第3ステップ:不安につながる「認知」を変えていく
 あなたは、不安が起きる直前に、何を考えていましたか? 不安発作の最中は? 不安発作のあとは、どうでしょうか?
 私たちの気分や行動を左右するのは、じつは、客観的な状況そのものではなく、それをどのように受け止めるか、どのように意味づけるかという私たちの《認知》の仕方なのです。たとえば、何気なく聞こえてきた話し声そのものが不安をもたらすのでなく、そのとき浮かんできた「私のことを話してるのだろうか」という考えこそが、不安の源となるのです。
 にわかには信じがたいかもしれませんが、不安のもとになるのは何かの状況や刺激そのものではなく、そのときどのような考えが浮かんできたかという、あなたの《認知》にあるのです。

 ですから、あれこれの場面であなたの頭の中に自動的にわき起こってくる考えを拾い上げ、そこに不安をあおってしまうような誤解や偏った受け止め方が潜んでいないか検討することが大切になります。不安をコントロールする第3の治療技法は「認知再構成法」と呼ばれ、あなたを不安に陥れるような思考の妥当性を再検討し、より客観的で適応的なものに変えていこうとするものです。


第4ステップ:自分が恐れていることに段階的に直面していく
 強い不安を経験すると、そうした場面や活動に対して恐怖感を抱くようになります。それと共に、「もし不安が起こったら、大変なことになってしまうにちがいない」という予期不安が四六時中頭から離れなくなり、「不安が起こりそうなことは、なんとしても避けよう」とするようになります。こうした回避行動は、そのときは不安を抑えることができても、長期的に見れば、回避しなくてはならない場面や活動がどんどん広がっていき、ついには日常生活に支障をきたすようなことになってしまいます。

 また、こうした回避行動を重ねていくと、次に似たような状況におかれたとき、「回避しなくては!」という思いがよりいっそう強くなります。つまり、回避すればするほど、ますますその状況に対する不安が強まってしまうという「悪循環」が形成されるのです。

 こうした不安と回避の悪循環から抜け出るには、自分が回避している状況に少しずつ直面していくことが大切になってきます。こうした治療技法は「段階的暴露」と呼ばれます。
 不安が起きるのが分かっているような活動をしたり、そういう場面に出て行くというのは、決して楽なことではありません。ですから、そのための準備をしっかりと行い、無理のないところから段階的に取り組んでいくことになります。しかし、いくらそうした工夫を凝らしても、なにがしかの不安を感じることは避けられません。そのときの基本精神は、「将来おだやかに生活できるように、今、あえて不安と向き合ってみよう」というものです。そして、小さな挑戦を乗り越えるたびに、大いなる達成感と開放感が得られます。